見えるはずのないものが見える『宵闇の彼』

 ねこK・T『宵闇の彼

 私が見つけたのは、宵闇の海辺を描く彼。
 原稿用紙23枚。

 競作小説企画【 Crown 】参加作品でした。お題は「群青」。



 本作を語るのに、圧倒的な情景描写について述べないわけにはいかないでしょう。海をはじめとする情景の動きのダイナミズムと音、空の色の描写など大変見事でした。もちろん、情景描写は情景描写だけで終わらず、主人公の心情を表現したり喚起したりするものでもあります。実はほとんど主人公自身については説明がなされない作品ですが、海辺の部屋を気に入って住み始めてしまうあたり、そして海をどう捉え感情を動かしているかといったところから、主人公の内面が窺われます。ですので、終盤で主人公が大きく心を動かす展開になっても無理なく入っていくことができました。夜になる直前の深い青というごく短い間にしか現れない儚いものを描きに来る彼も柔らかにミステリアスであり、恋をしてしまうのは分かります。加えて言えば、彼が描こうとしているものから、その後彼がああなることは予め示されているような気もします。最後絵に残った白い灯り、そしてその灯りを防波堤に探してしまう描写は美しく、この小説の終わりにふさわしいように思われました。

 ところで、実はこの小説を読み始めて最初のところで戸惑いました。見えるはずがないものが見えているように思えたので。最初、海は闇に包まれており、月明かりもない(後から分かりますが電灯もない)のですが、海の白い泡が見えます。しかし、いくら白くてもそれ自体別に発光はしていないので、普通そんな暗闇の中で泡の白が見えるわけはないと思うのです。まるで、それこそ絵画などで暗闇を描きつつ所々“嘘”をついているような(つまりその光の加減では見えるはずのないかたちや色を描くということ。ここでの“嘘”にネガティブな意味はありません。作品を成り立たせる技巧です)、そんな印象を持ちました。たしかにこういう“嘘”をついていた方が画面は華やかです。しかし、この作品の場合あくまでそのあたりはリアルに書いていた方が地に足が着いていたし、結果的に作品にもプラスだったのではないかなと思いました。この“嘘”をどこまで意識的に書いていらっしゃったのか興味があります。頓珍漢なことを申し上げているようでしたらご笑殺ください。

 美しい小説でした。読ませてくださりありがとうございました。

 ねこK・T『宵闇の彼