幻想を彷徨う『美術館』

 夕凪あすか『美術館

さあ幻想の世界へ

海に浮かぶ美術館。青年は作品展を観賞しようと美術館に来ていたのだが、誰もいない。諦めて帰ろうとするが、外に出られない。困り果てた青年は〈名も無い人物〉の作品展を観賞しながら、美術館の出口を目指していく。途中、翼を持つ謎の少女に出会い、思いも寄らない作品を知ることになる……




おはようございます、辰井圭斗です。昨年は自主企画「辰井講評窓口2」にご参加くださりありがとうございました。企画開始から7ヶ月以上経ってしまいました。講評がすっかり遅くなってしまい申し訳ありません。こちらに講評を書きます。

〈名も無い人物〉の作品が展示される美術館を彷徨う話、いや、〈名も無い人物〉の作品を彷徨う話と書いた方がいいのかもしれません。小説が進むに従って幻想に巻き込まれていきます。
面白いのは、作品の並び方でした。特に案内も無いので主人公は”自由に”館内を観てまわるのですが、然るべき順序で作品を観ているようにも思われます。最初の方で飾られている〈名も無い人物〉の作品は言ってしまえば俗っぽさがあります。とりわけ〈卓上戦争〉と金貨に埋められる蝋人形は、現実というより俗世間への眼差しを感じさせ、あまりに分かりやすい分、いわば”安全圏”にある作品です。〈名も無い人物〉の意図をおおむね解してしまう主人公ならずとも、落ち着いてふむふむと眺められてしまいます。しかし、主人公が美術館の中を進むにつれて”安全圏”からは遠ざかり、幻想性が増していきます(幻想の中には最初からいるのですが)。

個人的な好みを申し上げれば、少し分かりやす過ぎるかもしれません。もちろん、分かりやすくすることのメリットはありますし、分かりやすいからこそ、本作は”万人向け”になりえているのかもしれませんが、この題材ならもっと訳の分からない幻想の世界に放り込まれたかったなというのが、個人的な感想です。
この作品では主人公が読者以上に驚き動揺し解釈してしまう分、読者が幻想に巻き込まれる時の寄る辺の無さ(スリリングさ)が減っているように思えるのです。もちろん、分かりやすいことが必ずしも悪ではありませんが、デメリットはあります。

しかし、全体として組み立てが考えられた文章の巧みさを感じる小説で、楽しみながら読ませていただきました。読ませてくださりありがとうございました。

夕凪あすか『美術館