このジャンルで譲れない一線『シャグシャグ』

宮塚恵一『シャグシャグ

俺たちはシャグシャグ。行き当たりばったりの阿呆。

ラブホ部屋の清掃、迷惑客の追い出し、キャストの斡旋、エトセトラ。
風俗店のひしめく街で、泥水を啜りながら何でも屋のようなことをしている龍之介とカーマーンの二人。
今日も今日とて仕事に邁進するが、二人にはもう一つ、別の顔がある……。




こんにちは、辰井です。先日は自主企画「辰井講評窓口3」にご参加くださりありがとうございました。こちらに講評を書きます。

雑多な稼業をする龍之介とカーマーン、そしてダークウェブに名を馳せるシャグシャグという2人組の話。最初、特に第1話よく分からないなと思いながら読んだんです。ラブホ部屋を掃除していると思われるのに周囲の描写がほとんどなく、ティッシュしか出てこなかったり、龍之介の身体にはどうも秘密があるようだったり、加えて龍之介とカーマーンの外見描写はほとんど無かったり。でもそのよく分からなさは本作の場合長所だと思いました。「草食アングラ森小説賞」の講評を読んでからこれを書いているのですが、私は龍之介の正体をミスリードしているのはアリだと思っています。よく分からなかったり、思っていたのと違うのはこの題材に付きまとう性質なのです。アンダーグラウンドは(少なくとも私のようなパンピーにとっては)分からないものなのですから。

登場人物は必ずしも肯定できる人物ではありません。特に龍之介とコンビを組んでいるカーマーンは”行き当たりばったりの阿呆”です(それにしても龍之介の「お前最悪だよ」には肝が冷えますが)。でもそういうやつと組むのが人生であったりします。シャグシャグの活動も”ムカつく誰かをあそび半分で痛めつける”ものであり、カタルシスはあるものの「痛快」と言い切ることは躊躇われるバランスです。でも本当にシャグシャグの活動があるとしたら、それはきっと「痛快」ではあり得ない。こう言うとお嫌かもしれませんが、作品の背後に作者のモラルを感じました。

細かいところを言うと、”その喜びはさながら四半世紀ぶりに息子に再会した母親のようだ”など直喩が印象的で。今の時代直喩ってともすればダサいと言われがちなんですけど、この作品の場合パワフルで鮮やか。こんな書き方があるのかと書き手としていい意味でため息が漏れてしまいました。

様々な点で大変バランスが練られた作品に思えました。読ませてくださりありがとうございました。




【作者様からの返信】

辰井圭斗さま

丁寧な講評ありがとうございます。

元々龍之介の外見描写を抑えていたこともあって、序盤の1話は二人のやり取りの妙と関係性を見せたかったパートでした。

龍之介の性別に関するミスリードはありがたいことに色々な声をいただけていていますが、どういうバランスにすればいいのか難しいところだな、と。
(結果としてミスリード要素は出来るだけ削ったのですが)

ただ仰る通り、シャグシャグとしての行為をただ“痛快”とだけ描くのは嫌だったので、最後に不快感までいかなくても違和感くらいは残る読後感にはしたかったところです(動画を観て爆笑する斑目たちなど、褒められるべきでない人物描写を入れたり)。
“快”だけでなく“不快”もエンタメを彩る重要なエッセンスだと思います。今作の場合も、テーマがアングラだったのでそこは全体的にエンタメにしつつも外したくないところでした。

直喩に言及していただけるのは嬉しいです! 龍之介、何故だか色々な動物を知ってるんですよね。一人称小説の在り方として、そんな細かい語り手の感覚を読み味にするのも面白いのではないかと思い、直喩をいつもはやらないくらいに増し増しにしていたので。

こちらこそ、改めて講評ありがとうございました!

宮塚恵一『シャグシャグ