それが夢物語であっても『ひとつだけの本』

灰崎千尋『ひとつだけの本

「貴方、自分自身のために文字を書こうという気は無いの?」

黒猫のシピとくらす、代書屋のおじいさん。 おじいさんはある日、「自分のためには文字を書かないの?」と問われますが……




こんにちは、辰井です。先日は自主企画「辰井講評窓口3」にご参加くださりありがとうございました。こちらに講評を書きます。

代書屋としてひたすら人のために文章を書いていたおじいさんが、猫のすすめに従って初めて自分の人生を綴り、自らの心を拾い上げるというすごくきれいな話を童話風に書いた物語。”すごくきれいな話を童話風に書いた”というところがミソで、これを現代ドラマで書いていたら多分読み味が全然違ってしまっていたと思うのです。私などは心清らかでないので「自分の人生を書く人間なんかごまんといるのだから、話はそこからですよ」なんて余計な茶々を同じストーリーラインでも現代ドラマだったら入れてしまいたくなります。でも童話だから割とすんなり読めてしまう。
カクヨムが出してきた「私と読者と仲間たち」なんて趣味がよいとは言えないテーマを、「リアル」からほどよく距離を取ることによって書いてみせた品のいい作品です。
黒猫のシピも役割としては似ているように思えます。もし、シピが人間だったら、自分の生き方に満足している人間にわざわざ自分のための文章を書かせるというある種のお節介さが気になりかねないのですが、猫なので。

正直創作がきれいごとばかりでは済まないというのは百も承知で書かれていると思います。でも、こういう場面はあり得るし、その物語だってあっていい。厭味なく、一つのきれいな方向に専念された物語として拝読しました。読ませてくださりありがとうございました。




【作者様からの返信】

講評をありがとうございます。
「私と読者と仲間たち」というあまりにもあんまりなお題と格闘した結果、思いの外きれいなお話になったもので、辰井さんがどう読まれるのか楽しみにしておりました。

仰る通り、創作というものはもっと泥臭かったり切実であったりもするもので、痛みや苦しみを伴うこともしょっちゅうです。それでも何故書くかと言えば、私にとっては突き詰めれば「自分の心を拾い上げるため」でした。
作中に書いたことはまさしく綺麗事で、しかしたまにはこういう面を見ておかないと書くことが苦しいだけになってしまう。その気持ちもありまして、童話にパッケージングしてみました。これを厭味なく、と捉えていただけて安堵しました。こんな夢みたいな話は、やはり童話でなくては。

お読みいただきましてありがとうございました。精進いたします。

灰崎千尋『ひとつだけの本