走るその人の透明な心『海』

koumoto『

死ね

海岸には猫の死体。街道には人の死体。意味がなかった。なにもかもに。




こんにちは、辰井です。先日は『辰井講評窓口3』にご参加くださりありがとうございました。こちらに講評を書きます。

至る所に死のある世界を歩き、そして海に向かって「走る」話。実は投稿された時リアルタイムで読んでいました。だから、企画参加作品の一覧にこの作品があるのを見た時は、難しいのが来たなと思ったのですが……。さて、先月改めて読みました。その時も講評を書くのが難しいと思いました。なんというか、彼岸で書かれた作品を此岸で解釈することにどれだけ意味があるのだろうと思ったのです。

リアルタイムの時と、先月に読んだ時に感じたのは「いらだち」でした。「だってこの世界はこうじゃないか」というような、日々の生活の中で「死」を敏感に感じ取ってしまう人の叫びのようなものを感じました。

そして、今日、3回目。印象が変わって、しみじみといいなあと思いました。koumotoさんの作品は毎回どう講評を書いたらいいのか悩むのですが、それは分かりやすい解釈ができない豊かさに満ちているからです。今更言うまでもないことかもしれませんが、文学的な奥行きの深さということでは、やはりカクヨムの作家さんの中でも飛び抜けています。今日はそのあたりを素直に感じながら読んだのかもしれません。

海。前から至る所に死があったけれど、今となってはより無惨なかたちに姿を変えたその世界で、主人公が最後に走って向かうところ。海に行ったところでどうなるわけでもない。それでも「走る」。
本作で一番ダイナミックな最後も熱い場面というよりはむしろ乾いた透明な諦観を感じさせます。しかし、そのコアにあるもの、主人公を走らせるそれは、その世界でも摩耗できない(こんな陳腐な表現は書きたくありませんが)瑞々しい感性です。
死の世界の中でも表面的には抑制された淡々とした語り口でしたが、本当は心の繊細な動きがあって、その世界でもどこか見出される透明な美はその人の心を通して語られたものであるということが最後から逆算的に感じられるような、そんな小説でした。素晴らしかったです。読ませてくださりありがとうございました。




【作者様からの返信】

こんにちは、辰井さん。読んでくださってありがとうございます。

この作品は、憂鬱をひたすらぶちまけたような作品なので、講評をお頼みするのはぶしつけかとも思ったのですが、愛着のある作品なのでお願いしてしまいました。

すべての希望が死に絶えた世界の、最後に残されたこころの震え、というようなイメージで描きました。乾いた透明な諦観、と評していただけて嬉しいです。

いつもながら、細部まで丁寧に読み解いていただけたような、素晴らしい講評をありがとうございます。講評の文章量に対して、返信の文章量が釣り合っていないかもしれませんが(申し訳ないです)、本当に感謝しています。ありがとうございました。

koumoto『