17世紀のエッセンスを保ったままで『ヒグマの令嬢』

水狗丸『ヒグマの令嬢

兄に求婚された少女はヒグマに変身して逃亡する

 イタリア南部の町ネアポリスに屋敷を構える貴族の兄妹はある日、不幸な事故が原因で両親を失う。母は妖精からのお告げとして遺言で、家の跡継ぎは自分と同じくらい美しい娘を娶るよう告げた。
 
 間も無く父も亡くなり、家長となった兄はその遺言に従うべく母とそっくりな妹オルセッタを妻にしようとするも妹は頑なにそれを拒み、遂に伯父に助けを求めた末に伯父の友人である魔術師から口に含んでいる間だけ恐ろしいヒグマに変身する魔法のビー玉を貰い、次の日に兄の隙を突いて森へと脱走する。

※ジャンバティスタ・バジーレ『五日物語』に収録されている作品「牝熊」をベースにした童話風変身譚です
※実在したローマ帝国ではなく、ローマみたいな異世界という認識で閲覧ください




こんばんは、辰井圭斗です。昨年は『辰井講評窓口3』にご参加くださりありがとうございました。講評を書くのが大変遅くなってしまい申し訳ありません。こちらに講評を書きます。

ジャンバティスタ・バジーレ『五日物語』収録の「牝熊」をベースにした童話風変身譚。この講評を書くためには、『五日物語』を読まねばならないと思ったのですが、今日中に入手することはできなかったので、『五日物語』を読まない状態で講評を書きます。本当はどこまでベースにしていて、どこを変えているかなど大変気になるのですが。部分的なことを言うと、なんとなく17世紀初めの作品にしては、動作の描写がかなり細かい気がするので、そのあたりも変えていらっしゃるところの1つなのでしょうか。

まず舌を巻いたのは文章の統一性です。やや古い表現や「おやおや何と麗しい蜜蜂ちゃんか。一体どんな野良犬がこの蜂蜜色の乙女を涙の水溜りに落としたんだい?」など日本語の小説では新鮮な表現が頻出しますが、それが全体を通して続き、「ああ、ここはベースから外れてご自分で書かれたんだな」ということを文章の面から感じさせませんでした。なかなかできることではありません。ベースになさった「牝熊」に限らず相当この種の作品を読み込んでおられるのだなと感じました。

ストーリーについては、途中まではキャプションに書いてある通りなのですが、そこまでも文章に魅せられて退屈することがありませんでした。後半も考えてみれば「逃げた女性が高貴な男性に見初められて結婚」という流れはおとぎ話の王道なのですけど、かなり紆余曲折あるのでどうなるかつい見守ってしまいました。

古い物語は現代の物語に馴染んだ身からすると、歪に見えたり欠けて見えたり、はたまた余って見えたりするのですけど、そこが良さだなと思っています。例えば、(現代の目からは)兄が妹を諦めるにしても“時間という薬を処方されたお陰か”というのは兄の物語的役割の割には簡単に過ぎるようにも見えるのです。しかし、古い物語を現代の基準で無闇に整形することなく、そのかたちをある程度残したまま今の時代に発表するのはそれも意味のあることではないかなと思います。なので、ある種の古さも一定保ちながら書かれたこの作品の書き方には個人的に大賛成でした。

読んでいて楽しい作品でした。読ませてくださりありがとうございました。




【作者様からの返信】

こんにちは、水狗丸です。
此度は講評してくださいまして、ありがとうございます。
これを書いた時期はイタリア民話集などを読んでおり、表現に関してはこの作品に限らず影響を受けています。
あと昔話風の話は細かいところは気にしないようにしている一方で、ある程度辻褄を合わせようとしちゃいますね。

しかし楽しんでいただけたならば幸いです。
改めまして、此度はありがとうございました。

水狗丸『ヒグマの令嬢