自主企画「本当に自信のある短編(1人1作)」の感想集

自主企画「本当に自信のある短編(1人1作)」の感想集です。

尾崎中夜『夜になったふたり』

尾崎中夜『夜になったふたり

曲折する無名の二人。

無名の――というのは、人に知られていないというのもありますけど、この作品の場合は実際名前が出て来ないというのも含めれています。
彼女はいつまでも「女」か「娘」であり、彼は「男」としか書かれない。

最初の方は、文章の呼吸が独特だなと驚き、次第に無名の二人の人生を省略を挟みながら書いていくことが、雰囲気のあるしっとりとした文章に合うなと思っていました。

そうして、最後まで読み終わった今、新たな感慨でいます。
あれだけの紆余曲折のある人生を送ってもなお、彼女と彼は名前で書かれなかった。それは私たちが他人というものに出会う時と同じであるように思われたのです。
例えばこれを書く私は隣の部屋に住む人の名前を知りません。その人にはその人の替えのきかない人生があるにも関わらず。
またテレビで痛ましい事故にあった被害者について報じられる時、無論その時には名前も伝えられるのですけど、知り合いでもない限り、その名前が意味を持つことはあまり無いように思われます。
どれだけ彼女や彼がその人たちなりの人生を送っていたとしても、多くの場合他人からは無名の人としか捉えられない。
それを残酷なまでに書いている作品に思われました。

残酷でいうと、最初の方で「省略を挟みながら」と書きましたが、省略の仕方もある意味残酷であるように見えました。普通の作品なら書くだろうなという過程がすっぽり抜けるのです。大筋は分かるけれど、彼女や彼にとって大事だったであろうことが、あっさりと省略される。それがまた、私たちが他人を捉える時にはこういう認識でしかあり得ないということを示しているようでした。

大変味のある作品でした。

ももいくれあ『じゃがいもスープの日』

ももいくれあ『じゃがいもスープの日

ああ、すごいなあと思いながら読みました。本来は無視してはならない、或いは欠落してはならないものが、呆気なく後方に置き去りにされていく。リアルでした。

森下千尋『幻想のワンナイト』

森下千尋『幻想のワンナイト

すっごい良かったです。文章が軽快で、でも行き過ぎなくて、ちょっと寂しい。素敵でした。

おくとりょう『空が晴れたので』

おくとりょう『空が晴れたので

おにぎり持って

ほんわかした話をほんわか書けるって才能だよなあと思っていて。だって、意外と難しくないですか、ほんわかを続けるの。割ともうテクニックとかではなく、資質の問題な気がするんですよね。
この作品、ほんわかがほぼ全編続きます。もうずっと読んでいたい。屋代さんがとにかく可愛い。真崎くんも感性とエピソードが素敵。
前半の最後“今日は屋代さんとふたりでピクニックなのだ。”はこっちまでワクワクしてしまいます。

最後のあたり、自堕落パートナーロボである屋代さんには『心』が無いという話になって、色々考えるところがありました。ぱっと読んだ時、「いいな」と思ったんです。本人にとっては深刻な問題かもしれないけど、そういう根源的な悩みというか葛藤が、案外暮らしの背骨だったりもするよねと。ほんわかしている分より一層。
それからしばらく経って、「あ、屋代さんはそういう実存的な悩みまで真崎くんに提供してくれるロボなんだ」と思ったんです。人間の心に実は必要な根源的な揺れまでも、自堕落パートナーロボ屋代さんはいつの間にか真崎くんにあげているような気がしました。ほんわかピクニックから「自堕落パートナーロボすごい」まで。具が楽しい作品でした。

サトウ・レン『想い出の詩』

サトウ・レン『想い出の詩

どこまで「嘘」だったのか

想い出の詩、という言葉を見て、良い印象の言葉だなと思うのです。想い出、とそう漢字で書くならば、いや、例え思い出であったとしても、ニュートラルよりもポジティブな言葉に思われます。ひとは案外おもいでというものを信頼しているのか、それとも信頼できないとは知っていながら夢見るしたたかさなのか、分かりはしませんが。とにかく、本編とタイトルで印象に乖離があるなと思ったのです。それが、大変この作品らしく見えました。

繰り返し繰り返し記憶は信用ならないという彼の言葉が示されて、「俺」は「彼女」の言葉によってあることが嘘であったと悟ることになり、それがこの話のメインの帰結であるようにも見えるのですが、どうしてももう一ヵ所目が惹かれるのです。

「自分のことをしっかりと見てくれる安心感がある、っていうかね。」

昏い嫉妬に満ちていたように語られた「彼」との日々は果たして記憶の通りだったのか。あれは「友人」という言葉を口に出さぬまま、その実「彼」のことを理解していた日々でもあったのではないか。それは嘘というより、見方によればということかもしれません。ただ、それならばなお一層、それには気付かない、そしてあそこに至った彼が人間的であるように見えるのです。

追記というか話題が変わりますが、ある程度うまい作家というのは技巧だけで一定以上の作品を書けてしまいます。たとえ、魂がのっていなくてもある程度読まれる作品は書けてしまう。そのことに自分で気付いてから、作家によっては新たな戦いが始まったりもするのですが、そういうことがあるので私はうまい作家の「巧い」作品を読むと少し心配になるのです。で、サトウさんが「うまい作家」であることは衆目の一致するところだと思いますが、本作は技巧と書きたいことが溶け込んでいる良い作品で、そういった心配がいりませんでした。
書き手としては勇気が出る作品でもあります。

梶野カメムシ『チョコレートの魔女』

梶野カメムシ『チョコレートの魔女

壮大なチョコレート物語 

キャプションの時点で大分面白そうなんですけど、本編は想像より遥かに壮大でした。面白かったです。

岡 辰郎『「夢」』

岡 辰郎『「夢」

すごく面白かったです。

ぎざぎざ『地下牢にて』

ぎざぎざ『地下牢にて

すごく良かったです。この二人をずっと見ていたいと思うほどに。読めてよかったです。

倉沢トモエ『夜』

倉沢トモエ『

とてもよかったです。最初の猫のやつが1番好きですが、他の2つも素敵でした。童話を読む幸せのようなものが詰まっていました。読めてよかったです。